やっぱりご飯がすき・茨城のポテ子福福・田舎生活ダイアリー

農業を継ぐことになった50代主婦ポテ子の日常

白い恋人

 

今年は記録的な大雪となりました…。

特に日本海側の積雪量は民家が埋もれてしまうほどでしたので地元の方はホントに大変だと思います…。

群馬県草津白根山の噴火もあったりして…改めて自然の驚異を感じさせられるこの頃です…。雪にちなんだストーリーを考えてみました。よろしかったらご一読のほどお付き合いくださいませ…(笑)。

 

 

 

 

 【白い恋人】 

 

優斗」はプレジデントビルをあとにした。エレベーターを 降りビルの回転扉を出た途端にふぶくような雪風が勢いよく優斗のからだに吹き付けた。急いで傘をさしダウンの襟元をきつく握りしめ前方を見つめた…。2018年1月29日の6時 …街は降り続く雪のため一面真っ白な世界に変わっていた。商店街の灯りや縦列した車のライトが真っ白な中で光輝き幻想的な雰囲気を醸し出していた。水戸市内の大通りは車の流れが止まっておりどの車も雪が積もって真っ白になっていた。この大雪で事故が起こったのかもしれないな…と優斗は思った。小柄なからだを前かがみにして雪に挑むように傘をさし水戸駅へと向かった。

優斗は水戸駅から〇〇線の電車に乗って福島に帰らねばならない。

通りを歩く人はまばらだったが水戸駅ビルエクセルに入った途端人が溢れだした。切符売り場の前は学生やサラリーマン達で 鮨詰め状態だった。人々が持つ傘や手荷物についた雪がが否応なく押し付けられ溶けた雫が優斗のダウンジャケットやジーンズに染みてきた。館内はざわめきで充満していた。

切符売り場の近くまで来たときアナウンスが流れてきたがよく聞き取れなかった。

「△△線止まってるってよ…」

「えー、ウッソー、マジで?…勘弁してくれよ…」

あちこちから聞こえてくる声に優斗はイヤな予感がした。人を掻き分けて前に進み案内板を見た…〇〇線も止まっていた…。

(マジか…)

呆けたように見入ったあと云いようのない怒りがこみあげてきた。かじかんだ手を白くなるほど握りしめると優斗は踵をかえし水戸駅ビルエクセルを出た。

取り敢えず宿を探さなくてはならない…。このまま駅館内で一晩を越すのは流石にこたえる。手持ちの現金は残り僅かだったが素泊まりの安価なところであれば何とか泊まれなくもない…と思う…。

優斗は水戸に大事な用事があって来たのだが、来る時のほのかな期待感は消えひどく落胆していた。

どこでもいいから静かな部屋で休みたいと思った。

北口駅前に立つと優斗は傘をさしてあたりを見回してみた。大きなホテルが幾つか見えたが手持ちの現金とは釣り合いが取れそうにもなかった。スマホで[水戸駅周辺の素泊まりできる格安ホテル]と入れて検索をしてみる。

泊まらせてくれさえすればいいから…あとは望まないから…と祈るような気持ちで…。しかし出てきたのはどれも予算オーバーのものばかりだった。福島だったら五千円で泊めてくれるところが幾つもあるのに…。優斗は大きく肩を落とした。

 「もしかしたら…ホテルを探してるんですか?」

突然声を掛けられ振り向くとスラリとした綺麗な女が目の前に立っていた。女は白いタートルネックのセーターに紺のフレアースカート、空色のピーコートを着て傘を握っていた。タイツを穿いた足元のショートブーツが行儀よくこちらに向けられている。

「…」優斗は何か答えようと口をパクパクさせた。

「ゴメンナサイ、驚かせちゃって…。さっきワタシも駅から出て来たんです…あなたも電車が止まっちゃって帰れなくなった人かな…って思って…」ボォーットしながら優斗は女を見た…。女のセミロングの髪は雪をつけながら頬の脇に張り付いていた。女の視線と優斗の視線が合わさり慌てて目を伏せた。

「あ、ぁ…ハ、ハイ…そうです……帰れなくなっちゃって…」

優斗は緊張してしどろもどろに答えた。

「この通りの裏にね、格安の宿があるんです…と云っても私もまだ行ったことはないんですけど…(笑)前に友達に教えてもらったんです。古くてあちこち傷んでるから情報サイトにも載せてないらしいんだけど…食事は当たり前に美味しいものを出してくれるんですって…。そこだったらまだ空いてると思うんです…。良かったら…一緒に如何ですか?…それともそんな古いところはイヤですか?」と女は云った。

 「いえ…そ、そんな…イヤだなんて…ボク…いや…オ、オレ…金ないし…えっと…」

「ウフッ…じゃ、決まりね!(笑)」

 

吹きすさぶ雪の中を女のやや後ろから優斗は歩いて行った。大通りから脇道にはいり小さな商店街を抜けると急に景色が変わった。真っ白な竹林のを背に黒い建物が灯りをともしているのが見えた。

「あっ、あった!…あれだわ」女が優斗を振り返って云った。

傍で見ると大分年数の経っている和風の建物だった。しっかりとした大きな作りだったので古い旅館という感じに見えた。

大きな看板が入り口の上にかけられており〔 な か ね 〕と書かれていた。

二人は中に入り声を掛けた。

 「ごめんください」

「…」

「ごめんくださーい…」

少ししてゆっくりと人の気配が近づいて来るのを二人は感じた。

「はい…どうも…いらっしゃいませ(笑)」

白髪の品のいい老婦人奥から現れた。彼女は「よっこいしょ」と云って一段高いフロントの前に上がるとにこやかに対応をしてくれた。

「お部屋はまだ空いているんですけどね…もう老朽化していますのでね…お通しできないお部屋もあるんですよ…さっきおふた方いらしたからもう一つしか空いてないの…おたくさん達は…別々かしら?…ゴメンナサイね…どちらかお一人しかお泊まり戴けないわ…」と申し訳なさそうに云った。

「あ、はい…そうですか…じゃ、じゃあ…ボク別の処を…探してみます…」優斗が頭を下げながら後ずさりした。そのとき女が優斗の腕を掴んで云った。

「一部屋でもいいです!二人一緒に泊めていただけませんか?」

「あら…おたくさん達は…恋人同士さんだったの?」老婦人が少し驚いた顔をした。

「い、いえ…」

優斗の声を遮るようにして女が云った。

「友人です。わたし達友人なんです!」

優斗は女の顔を見た。

「わたし達今日知り合ったんですけど…話も沢山沢山しましたから…もう友人なんです!ね?」

早口でそう云うと女は優斗の顔を見た。

「え、あ、あ、あの…は、はい…」優斗が答えると老婦人はしばし二人の顔を交互に見てからクスリと笑った。

「…分かりましたよ…お二人ご一緒でよろしいのね」と云った。

 

 

部屋は二階の突き当あたりにある和室だった。八畳ほどの部屋に小さなテーブルと湯飲みセット、テレビが置かれてあった。二人はぎこちなく部屋の中を見回した。壁は昔の砂壁で襖が自分で修繕されていたが他は至ってフツーに見えた。食事が出来るまで時間があったので二人は一階の浴場へ向かった。優斗が湯から出て部屋に帰るとほどなくして女も帰ってきた。化粧を落として浴衣を着た女の顔は少しあどけなくなった。

部屋のインターホンが鳴り夕食ができたことを知らせてきた。直ぐに専用のエレベーターで二階に届けられた。二つの盆には鍋焼きうどんときゅうりの漬物、白玉ぜんざいが載っていた。大きなエビの天婦羅に、蒲鉾、練り物、油揚げ、玉子、椎茸…と具沢山の鍋焼きうどんは二人の目を輝かせた。テーブルの上にそれぞれの盆を置いて差し向かいに座ると「いただきます」とだけことばを発して二人は黙々と食べた。

食事のあとに老婦人がやってきて蒲団を二組敷いててくれた。

テーブルを畳んで蒲団を敷くと部屋は二組の布団でほぼいっぱいになった。

 

 

女も優斗もそれぞれの蒲団に半身を入れて身を起こしていた。女が口を開いた。

「私のこと変な女…って思いました…?」

「えっ、いや、そ、そんなこと…」優斗が慌てると女は

「…誰とでも…泊まったりしないから…」と小さな声で独りごとのように云った。

「えっ…え?…」

 

 

「私は日向波留…27歳、OL、うちはひたちなか市です」

「ボ、ボクは…成瀬優斗…30歳…仕事はトラックの運転…で…うちは福島の郡山市…です」

「ですだなんて…年上なのに…フツーに話して…ください…。郡山から水戸には仕事ですか…?」

「…」

「やだ…ゴメンナサイ…話したくないことだってありますよね…余計なこと聞いちゃって…。早いけど…もう…休みましょうか…」

「…」

時刻はまだ9時を回ったばかりだったが波留はそう云うと部屋の灯りを常夜灯に切り替えた。そして蒲団にもぐり優斗に背を向けた姿勢で横になった。優斗も蒲団にもぐると波留に背を向けて横になりじっとしていた。

 

 

 

「日向さん…もう眠っちゃった…?」背を向けたままの姿勢で優斗が話し掛けてきた。

「…」

「さっき訊かれたことだけど…ボクが今日水戸にきたのは…人に会うためだったんだ…」

「…会えたの?…」

「…いや…」

「会えなかったの?…」

「うん…ボクが…なにか勘違いしていたのかもしれない…。」

「約束はしていたの…?」

「…うん…してたんだけど…別の人が出てきたんだ…」

「別の人が出てきた…って?…」

「実は…ハッピーウエディングに行ったんだ、今日…」

「ハッピーウエディングって…あのTVコマーシャルでやってる…あれ?」

「うん…運命のひとに出会えるって…あそこ…」

「じゃー成瀬さんはあそこに入会してて今日は誰かを紹介してもらう約束をしてたってこと…?」

「ボクはまだ入会してなかったよ…っていうか…入会したのは今日だから…ハハ…」

「それじゃ入会するために水戸に来たの?」

「いや…そうじゃないよ…。興味はあったけどお金がないから貯まったら…って思ってたから。今日はただある女(ヒト)に会いたくて来たんだ…本当は…」

「ある女(ヒト)って…?」

「ハッピーウエディングからいつも電話を掛けてきてくれてた女(ヒト)」

「…どんな女(ヒト)?」

「…あったかい女(ヒト)だよ……いつもボクの話をよく聞いてくれて…。声はまだ若かった…名前は渋谷ひとみって云うんだ。」

「ハッピーウエディングって…個人に電話を掛けてくるの…?」

スマホで資料請求した人に掛けてるって云ってた…」

「あぁ…そうなんだ…」

「…去年の11月に初めて掛かってきて…20回くらいは話したと思う…」

「そんなに…?」

「うん…ボクが会社でうまくいってなくて…いろいろ悩んでたから…いつも話を聞いてくれたんだよ、その女(ヒト)…」

「それでハッピーウエディングに入るように誘われたの…?」

「それが…全然云ってこなかったんだ…。いつもボクの話を聞いてくれるだけで…なんだかホントの友達みたいな…不思議な感じがしたな…。」

「どうして会うことになったの?…」

「先週の25日に電話があったんだ…突然だけど29日に水戸に来れないかって…。ほんのちょっとの時間でもいいから…できたら遊びに来て欲しい、って…。」

「フンフン…入会をすすめてきたのね?…」

「そうは思わなかったけど…なんか様子が変だったんだよ…。彼女の話し方がいつもとちょっと違って緊張してたし…。ボクが行かないと困るっていうか…そうハッキリは云わなかったけど…そんな気が…したんだ…」

「それで…この雪の中を水戸まで?…」

「うん…あ~ぁ…へこむなあ…来るときはワクワクして…たんだよ…。いつも声だけ聞いてたからサ…渋谷ひとみさんてどんな顔をしてるんだろう…って思って…」

「…」

「高そうなスーツ着た オバサンが出てきて…渋谷さんは居なかった…遊びに来てって云ってきたのに…訳がわかんねえよ~…あ~ぁ…」

「ヒドイ…ね…渋谷さんに会いたいって云ってみれば良かったのに…」

「うん…云いたかったよ…ここまで…でも…云えなかった…ボクって…いつもこうなんだ…」

「…どうして入会したの?」

「…このままじゃ結婚できないわよ、とかって今日会ったオバサンに云われて…そうかもなぁ…って…思っちゃってサ…」

「入会させられた…の?」

「…うーん…強制はされてないんだよ…でもなんか…断れない感じになっていくんだ…よ…うまく言えないんだけど…それに入会すれば渋谷さんにも会えるかもしれない…っても思ったし…」

 「成瀬さんは…その渋谷さんのことを好きだったの?…」

「…うん…多分…可笑しいだろ?…」

「そんなことない…」

 

 

 優斗と波留はこうして雪が縁で知り合った。その後二人は互いの住む街に帰ったが遠く離れてもラインでしっかりと繋がっていた。あの日あんなに雪が降っていなければ波留に出会うこともなかっただろう…初めて波留に会ったとき…優斗は天使が地上に舞い降りてきたのかと思った…白い銀世界にポッと現れた美しい天使…。人の巡り合いとは不思議なものだな…と優斗は思った…。

 

 

波留はラインでハッピーウエディングをやめるよう優斗に何度も勧めた。渋谷ひとみに会いたいのならば会社に電話をして会ってきたら良いとアドバイスをした。優斗はついに電話を掛けて「渋谷ひとみに会わせてほしい」と懇願した。けれども彼女はやめてしまっていた…。呆気なかった。

優斗は波留の勧め通りクーリングオフ制度を利用してハッピーウエディングの契約を解約した。渋谷ひとみがいなくなってしまった今では未練もないようだった。入会金三十万の支払いは月賦と云えどもバカにならないので、解約したことで優斗は安堵しているように見えた。 

 

 

2017年、11月…。

波留は恋をしていた…。

素敵な声の持ち主に…。

相手の年は自分とあまり変わらないようであった。

深くて柔らかく優しい声…。人は声だけでも色々と感じとれるものなのだ…と云うことを波留は初めて知った…。束のリストから一枚を手にとると順番に電話を掛けていく…。

電話を切ったあとリストの裏面に日付と話の内容を簡単にメモ書きしておく。

システムを詳しく知りたいと要望のあった方にはダイレクトメールを発送していた。自筆の挨拶文を添えて名刺を同封する。机上のケースから名刺を一枚取り出して波留は眺めた…。渋谷ひとみ…か…別人の名前で仕事をするなんて初めてのことだから変な気分だ…。

理由は分からないが会社の方針で皆偽名を使って仕事をしていた。波留の偽名は主任が考えたものだった。テレフォンアポインターが来社の約束をとりつけると主任に報告をする。主任がボードの日付に予定として書き込んいき、各カウンセラーに担当を割り振る。波留は来月からカウンセラーに昇格することになっていた。人から喜んで貰える仕事がしたい…と常々思っていた波留にとって結婚の相手を紹介すると云う仕事は夢のようだった。まるで愛のキューピットみたいに思える。

成瀬優斗…彼は例外だった。初めて電話で話をしたとき彼はトラックの仕事に転職して間もなかった。新しい会社の雰囲気に馴染めず同僚からいやがらせを受けていると云っていた。お金がなくていつも昼食を抜いていた。…それでも彼が頑張っているのが話していて感じられた。彼は疲れていても波留からの電話にいつも快く応じてくれた。何故だか分からないが応援したくなった…。電話口で優斗が笑うと波留はただ嬉しかった…。

 

カウンセラーの研修が始まりハッピーウエディングの先輩カウンセラーからマンツーマンで指導を受けるようになった。そこで波留の夢は無残に砕かれた…。

「運命の人を引き合わせる…って云ってるけど…そんなヒトホントは居ないのよ」と云われたのだ。

「えっ…それじゃーCM と違います…」波留が反論すると

「そんな王子様やお姫様みたいな人がそこらじゅうにいると思う?中にはそんな二人が一緒になることもあるわよ。だけどそれはほんの、ほんの一握りよ。みんなここに来れば素敵な人と一緒になれるって思いこんでるの。素敵な人がそこいらの不細工や冴えないのと一緒になりたい訳ないでしょ。素敵な人はおんなじ素敵な人と一緒になりたいのよ」

「でも…ご要望にピッタリの方が沢山おられますよって…いつも…」

「ホントのことなんて云う必要ないの…そういうのは聞いてあげればいいのよ、云わせとけばいいの…」

「聞くだけじゃぁ…それじゃ…ハッピーウエディングって…」

「わたし達の仕事は夢を売っているの。お客様に束の間夢を見させてあげて…幸せな気分にさせてあげるの…少なくとも私は、そう理解しているわ」

「夢?…夢って…騙すってことですか?…」

「フフフ…正義感丸出しで…子どもね(笑)、大体最初からムリなの…みんな自分のことは棚にあげてあーだこーだ高望みばっかり云ってくるでしょ?気が知れないわよ、たった30万円で理想の相手が買えると思ってるんだから…だから逆に盗られちゃうのよ…。今にあなたもお客の顔がお金に見えてくるわよ…あ、30万円が歩いてきた…60万円が待ってる…ってね、世の中そういうものよ(笑)…」

 

この話をきっかけに波留は仕事への熱が冷めてしまった。来社を薦める人は極力所得の高い人に自分の中でこっそり限定したのでアポの件数が激減してしまった。

ある日主任が波留のデスクの前に歩いてきた。

「あなた、アポの件数が急に落ちたけど…相手選んでるんじゃないでしょうね…。いい?勘違いするんじゃないわよ、あなたに選ぶ権利なんてないんだからね!選ぶのは私!私がとれと云えばあなたはどんどんとるの。相手が稼いでようが稼いでなかろうがそんなことは気にしなくていいの、判断するのは私なんだから、そうでしょ?」

波留はて黙ってうつむいた…。すると

「いつも長々話している男がいるでしょう。あの男のリストを出しなさい」と云った。

「えっ…あれは…」波留がしぶると

「早く出しなさい!今週はアポが足りないのよ!」と声を荒げた。

しぶしぶ差し出した成瀬優斗のリストを主任は黙って裏返しメモ書きに目を走らせた。

「大分話してるじゃない…。これはとれるわね…電話しなさい…」と云った。

「えっ…?」

「電話するの!今すぐ!モタモタしない!【…来週の月曜日水戸に遊びにいらっしゃいませんか?】って云うのよ。必ず来てもらいなさい!…あなたが云えば来るから…」

躰を強張らせて波留は電話を掛けた…。隣では主任が腕を組んで仁王立ちしている。

「あっ…コ、コンニチハ…お仕事中にゴメン…ナサイ…ハッピーウエディングの渋谷ひとみです…と、突然なんですけど…来週の月曜日…で、できたら…でいいんです…ムリにじゃなくて…もし…できたら…水戸に遊びにいらっしゃいませんか…?ちょ、ちょっとの時間でも構いません…。こ、こんなに雪が続いているから…大変ですよね…予定だってあるだろうし…」

波留の思いに反して優斗は

「じゃあ…何とかして…行きます…」と答えた。

大きく息を吐いて受話器を置き波留が見上げると主任は勝ち誇ったように顔をほころばせた。

「ね!あなたはとれるのよ…」

 

 

2018年1月29日の3時50分…波留は落ち着かなかった。成瀬優斗が来社する約束の時間が迫っていたからだ。担当の中年カウンセラーが鏡を見ながらスカーフを直している。ハッピーウエディング水戸店はプレジデントビルの5階にあった。時計が4時を指したとき内線が入り来客を知らせてきた。

中年カウンセラーは受話器を置くと波留を見やって「来たわ(笑)!」と云うなり分厚いファイルを胸に抱え嬉嬉として部屋を出て行った。フロアはデスクと電話機が配置された事務的業務が行える部屋と面談用の幾つにも仕切られた部屋とに分かれていた。

時計が5時を回っても中年カウンセラーは戻ってこなかった…こんな雪の中を…わたしに会うためにあの男(ヒト)は水戸まで来てくれた…約束したのに…それなのにわたしはここに居る…直ぐ近くにいながら会えないで…ここに居る…今頃あの男(ヒト)はどんな思いでいるのだろう…裏切られたと思っているだろうか…【渋谷ひとみに会わせてくれ】と云ってくれたら…もしかしたら…会えるかもしれない…。【渋谷ひとみに会えないなら帰る】と云ったら…もしかしたら…。5時35分…中年カウンセラーが顔を弾ませてデスクルームに戻ってきた。契約にこぎつけたらしい。免許証のコピーをとっている。面談ルームに戻る前に「あなたがアポ取った人の顔よ、見せてあげる…」そう云って波留の前に免許証を差し出した。

 

波留は机のものを片付けると帰り支度をした。この大雪で他の者達も5時には帰っていたので問題はなかった。波留はプレジデントビルを出て少ししたところにあるビルの陰で雪風をしのぎながら成瀬優斗を待っていた…。成瀬優斗が出てきても…きっと声は掛けられない…それでも彼を見たかった…。今日初めて彼の顔を見た…。濃い眉と黒い髪…優しそうなつぶらな目が印象的だった。波留はさっき見た免許証の顔を忘れないように何度も何度も思い出していた。電話で身長は165センチだと聞いたことがあったので思い描きながら首をすくめて待っていた…。

 

 

 

波留は優斗に声を掛けたときを思い出していた…。

6時を過ぎて優斗がプレジデントビルから出てきた。前かがみになって傘を差しダウンの襟元を握りしめていた。優斗が目の前を通り過ぎるとき波留は心臓が高鳴った…。少ししてから後ろを歩いて行った…。ずっと優斗の後姿を見つめていた…。

駅を出てスマホで検索をしたあと大きく肩を落としている優斗を見たとき…思わず声を掛けてしまった。【わたしも雪で電車が止まって帰れない】なんて大ウソだ。波留の自宅は水戸なのだから…。

 

波留はハッピーウエディングを辞めた。

夢を売る仕事と割り切って詐欺まがいのことを続ける気にはなれなかった。

けれど感謝している…優斗と出会えたのだから…。

優斗に【渋谷ひとみは自分だ】と告白するつもりだ…。優斗は何と云うだろう…。

怒るだろうか…

許してくれるだろうか…。

分からない…けれど…前に進むのだ…決めたのだから…真っ直ぐでやさしい優斗に自分もいつも誠実でいたい…。

波留は勇気を出して優斗に電話を掛けた…。

 

 

 

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。<(_ _)>

ショートストーリーって短くまとめるのが大変なのですね…勉強になりました(;_:)

こんな妄想話を読んでくださって…とってもとっても嬉しいポテ子です!(#^.^#)

 

今日も生かさしていただいてありがとうございます。

宇宙に存在するすべてのものに感謝いたします。(^^)/