やっぱりご飯がすき・茨城のポテ子福福・田舎生活ダイアリー

農業を継ぐことになった50代主婦ポテ子の日常

修学旅行で買ったお土産を三十数年ぶりにひも解く…

うわ~、懐かしい…。夫婦湯飲み茶わんです!


ポテ子が中学三年の修学旅行で京都へ行ったときに両親へのお土産にと買ってきたものです。これには大切なな思い出があるのです…。
この赤レンガのような色の湯飲み茶わんを見ているとあの15歳の時にタイムスリップしてしまいます…。

ポテ子は勉強が好きじゃない子どもだったので『学校』はあまり好きではありませんでした。小学生のときから授業についていけませんでした。算数、社会が特にできませんでしたねぇ…。国語だけは好きでした。道徳の授業はまあまあ好きでした。図工と体育は得意でした。
それが中学生になると…益々歴然として…。数学はチンプンカンプン、歴史、地理もチンプンカンプン、しかも興味がまるでない…。なのでやる気も起きないし見るのもイヤだった気がします。英語もチンプンカンプン。授業になると先生に(英語で)話し掛けられないように机ばかり見ていました。ドキドキしたものです…。(汗)国語だけは好きでした。あと化学が3年生の時だけ好きになりました。教えて下さった先生の授業がとっても分かり易くて面白かったんです…。中学生になると「家庭科」と云う科目が加わりましたが、これも苦手でした…。(哀)
男子が教わる「技術」の方がまだ合っていたかもしれません…。
学校はポテ子にとって楽しい処ではありませんでした。チンプンカンプンの授業は先生に指されでもしたら…と思うと恐ろしくて苦痛でした。おまけにテストの答案を返されるときは屈辱でした。嫌いな科目はいつも30点とかだったかなぁ…。周りの誰にも見られないように折って折って折って…ゴミに見間違える位にまで折って隠していました。それが国語だけはいつも百点に近かったんです。国語だけは面白いと思ったんですよねー、あと古語も…。勉強が大キライな子どもだったんですよねぇ…。ポテ子は当時、学校や先生に怒りを感じていました。やりたくもないことを無理やりやらせて点数をつけて(屈辱感を与えて)→「あんたはバカ」とかレッテルを貼る…。お前らに勝手に貼られたレッテルなんかクソ喰らえだ!…とか内心思っていました。(笑)
中学生の頃から学校に行きたくない…との思いがはっきりありました。辛うじて行っていましたが…。
ですが中学校に行く楽しみ…もありました…。ささやかな秘密の楽しみです…。
それはとっても大好きな人を観察する、と云うことでした。
高貴なお方がいらしたのです…。同じ学年の他のクラスの女生徒でした。どうして高貴と思ったのか…?と訊かれると彼女は大声をあげたり声を荒げたり騒いだりしない人だったと記憶しています。…少なくともポテ子はそういった姿を見たことがありませんでした。彼女はとっても綺麗な顔をしていました。色が白くて涼やかでした。眼鏡をしていました。眼鏡をかけていないときはあの目の悪い人特有の目を細める仕草をしていたので、きっと視力は相当悪かったかもしれませんね。
彼女は頭が良くいつもトップテンの上位に入っている人でした。中間テスト、期末テストとかって成績順に名前が貼りだされたんですよね、昔は。
今もそうですか?…(分かりませんが)
更にスポーツも万能でした。確かバスケットボール部に入ってたように思います。ポテ子は同じクラスにならなかったので一度も話したこともありません。雲の上のお方をただ観察していたのです。見えるときはいつも…。
ポテ子の通っていた中学校は小学校二つが合併していました。彼女は合併組ではなくて中学校入学のときに転入してきたのかもしれません。よく知らないのと記憶がもうおぼろげです…(困)。中学校入学時に転入して来た人も数名いたように思います…。

中学生終わりの修学旅行…。行先は京都…。土産物を買おうと混雑してるなかふと彼女の姿を見つけたのです。(高貴な彼女は一体どんなお土産を買うのだろうか…?)とポテ子は興味津々で後ろの方からこっそり盗み見ていました…。彼女は赤さびいろのような夫婦湯飲み茶わんセットを手にし会計の処へ行きました。少しずらしてポテ子も直ぐさま同じものを手にし会計の列に並びました。
あのときの気持ちは…歓喜で満ちていました…。
彼女のセンスで選んだ物とポテ子は同じ物を持っている!(≧▽≦)…と云う喜びで…。修学旅行から帰って両親にお土産を渡すと、母に「そうたの好きじゃねえな」とあっさり云われたのを記憶しています。母は昔から食器は、白地に淡い水色とかの物を好んでいたので赤さび色のものは好みじゃないだろう…と予想できました。
しかしそんなことポテ子にはどうでも良いことなのでした…。高貴な彼女の趣味なのかご両親の趣味なのか…は定かではないけど…、この赤さび色の湯飲み茶わんが二つ彼女の家にあって、ポテ子のうちにも全く同じ物がある!…この事実が重要なことなのでした…(笑)。
高貴な彼女は中学校卒業と同時に引っ越して行かれました。ご両親のどちらかが教師であると訊いたような…訊かなかったような…。
一体何処へ引っ越したのですか!?聞きたかったな…ホントは…。
彼女は教師になったのじゃないかな…?何となくそういう気がします。

三十数年経って倉庫の片づけをしていたら出てきたのです…。
(おや…高貴な彼女の夫婦湯飲み茶わんじゃないか…。あ~懐かしい~💛)
そして現在ポテ子が愛用しております💛のです。(^-^)(毎日お世話になっております、湯飲みさま。ありがとうございます)
箱を処分するときに何焼なのかよく見ておけば良かった…(失敗したなぁ…)と反省しきりです。
「和食器の本」で調べてみると、この赤さび色のものは「常滑焼(とこなめやき)」だと思われます。愛知県で作られているようです。…多分…
毎日使う度に高貴な彼女を思い出しています。彼女はどうしているのかなぁ…。
きっと結婚して高貴な子どもを産んでいらっしゃるに違いありません…。もうお孫さんがいらしたりして…。
お幸せな毎日をお送りのことと推察いたしますが更なるお幸せを心から念じております….
ヽ(^o^)丿


ご購読ありがとうございました。<(_ _)>
ではまた次回お会いいたしましょう♪