やっぱりご飯がすき・茨城のポテ子福福・田舎生活ダイアリー

農業を継ぐことになった50代主婦ポテ子の日常

近頃 茨城弁を覚えるのが面白い…

茨城弁を積極的に使ってみるとちょっと楽しいです。


私ポテ子は茨城弁を小さい頃から耳にして大きくなりました。
それなのに日常生活では殆ど遣ってきませんでした。いまだに兄弟もまったく使っていません。
両親は本場の茨城弁なのにおかしな話のように思いますよね?
私が通った小学校では農家の子どもはよくバカにされました。
「ヒャクショウ~!」「ヒャクショウ~!」と云ってからかわれました。
「うちにエアコンがある人、手をあげてー!」
「やっぱりヒャクショウのうちにはエアコンがないなー」
とかに始まって農家の子どもは何にでも「ヒャクショウ」と云われました。
云われていい気分はしませんが、云う側の気持ちもなんとなく分かっていました。
私自身小学校に上がった時にはカルチャーショックを受けたほどでしたから。
入学して最初に貰った教科書の匂いは生まれて初めて嗅いだものだったし、給食にも驚かされました。
毎日生まれて初めて食べる物が出てきたからです。
美味しい物を食べさせて貰ってうれしい!というより緊張で気持ちが落ち着かないといった感じでした。
学校の他の子どもたちを見ても自分たちとは様子が違うのを子どもながらに感じていました。
まず肌の色が白い…。
言葉遣いがきれい…。
髪の形が違う。私は低学年の頃は母に刈り上げにされていました(恥)。
持っている物も違う。
進んだ文化に慣れている…。
家で食べている物が違う。
顔の見た目も身なりもなんとなく上品…に見えた気がする。
兼業農家の子どもは学校ではうちは半分農業です、なんてことは決して口にしませんでした。
そんな経験から茨城弁丸出しではからかいが増幅する…。茨城弁を遣わないようにしよう…と子どもながらに思っていたように思います。人間とはよくできていて耳にふたをして〈これは覚えなくて良い〉と強く思っているとホントに覚えないんです。耳には入ってきても使えるレベルではないんですよね…。不思議です。
それがポテ子の息子ウマ夫は茨城弁を好んでよく遣います。ウマ夫が中学生になった頃学校で茨城弁で話すのがとっても流行りました。その頃からウマ夫は茨城弁に目覚めていったようです。(笑)
ポテ子も外で働くのをやめて農業を両親と一緒に始めてから茨城弁に対する気持ちが変わってきたように思います。味わいがあるし面白いなぁ…と思うようになりました。標準語に直してしまうと微妙に感じが変わってしまう可笑しさもあります。
今は茨城弁を聞くのと真似して喋るのがとっても楽しいポテ子です。(*´ω`*)


ご購読ありがとうございました。<(_ _)>
ではまた次回お会いいたしましょう(^^)/